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壁がトランポリンでできてる

フィリップ・K・ディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』書評

 

 

 救済というものは存在する。しかし―― だれもが救済されるとはかぎらない。

 

 フィリップ・K・ディックの作品にしては珍しく主人公に惹かれた作品。

 

 主人公の一人、バーニイ・メイヤスンは巨大企業P・P・レイアウト社の流行先取り課で昇進を狙う予知能力者(プレコグ)。この世界の予知能力者は完全な未来予知が出来るわけではなく、未来に起こりうる可能性をいくつか予測することができ、その確率がなんとなく分かる…という程度である。バーニイ・メイヤスンはその中でも超一流の予知能力者であり、この分野では第一人者と言われている。彼はこの地位を大切に思っており、「なによりも大切な自分の地位」などと考えたりしている。

 このように能力も高く、社会的地位も高い彼をなぜ好ましく感じているかというと、間違った選択をしてしまう主人公だからだ。バーニイは物語が始まる前に離婚しているのだが、そのことを物語の間中延々と後悔している。さらに物語の途中でうっかり雇い主を見殺しにしそうになり、あれだけ執着していた地位がふいになってしまう。抜けているというわけではなく、彼なりに考えたり予知をした結果、行動が裏目に出てしまうのだ。

 私はバーニイのその不完全さが好きだ。彼は失ったものへの執着や、罪の意識を強烈に抱えている。しかしそれを背負ったままなんとか生きようとしたり、過去に戻ろうとしたり、死のうとしたりと迷いながら道を歩む姿はとても美しいものだと思う。彼が罪を償おうと思うシーンも印象深い。私は彼がやったことに対して、それは償うべき罪だなんて考えていなかったので、彼のその考えは尊いなあと思ったことをよく覚えている。

 また、この作品はドラッグが人に与える霊的体験についても描かれている。バーニイはキリスト教を「歴史のある信仰対象」、ドラッグを「新しい信仰対象」と扱っており、この言葉に惹かれる人なら、きっと面白く読めることだろう。不完全な主人公バーニイと、ドラッグが人に与えるもの・その悪性について、興味がある人におすすめしたい一冊だ。